忍者ブログ
   こちらはテニスの王子様・手塚国光 青学部長のお誕生日をお祝いする、期間限定お祭りサイトです
   個人が管理する非公式ファンサイトですので出版社及び原作者様、関係各位とは一切関係ありません
   まずは first をご一読ください
[79]  [15]  [78]  [77]  [76]  [75]  [74]  [73]  [72]  [71]  [70
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

一年生ジャーナル
 
 
「――不二先輩」
「なんだい、越前」
「部室で日直日誌って書いちゃダメなんすか?」
「え?」
 不二周助は、傍らに立つ、一年生(ルーキー)を見下ろした。
「昨日、部活のあとに日直日誌を書いてたら、部長に変な顔されたんで」
 越前リョーマはそう言うと、FILAのキャップ越しに、不二を見上げた。入部したころより、前髪が少し伸びたようだ。
 目前のテニスコートでは、レギュラーの大石と海堂が、試合さながらの気迫でボールを打ち合っている。
「変な顔って、手塚はどんな顔をしたんだい?」
 聞き返すと、越前は思い出すふうに、ちょっと考えた。鼻の頭に小さくしわを刻んで、ややあって口を開く。
「えー……っと、ウチの親父が舌を噛んだ時、みたいな?」
「へえ……」
 不二は舌を噛んだ手塚を想像して、思わず笑みをかみ殺す。
 と、ふと、彼の脳裏を記憶が掠めた。
「……ああそうか。律儀に覚えてるんだな、まったく」
「え?」
「いや、なんでもない。――手塚は多分、自分が一年だった頃を思い出したんじゃないかな。彼もよく部室で書いてたよ」
「そうなんすか?」
「うん」
「でも部長が一年の時って、全っ然想像できないんすけど」
 越前は、コートの対岸へ目を向けた。その手塚は、バランスのいい長身にレギュラージャージを着て、厳しい表情でボールの行方を追っている。
 越前はためしに一年生の手塚を思い浮かべようとした。のだが……、
「――やっぱムリ!」
 絶望的に首を振る後輩に、不二が微(わ)笑(ら)った。
「ひどいな」
 そのとき、大石の打球が、シングルスラインぎりぎりに決まった。と同時に、手塚が声を上げる。
「よし、そこまで! ――続いて不二、越前、コートに入れ!」
 大石と海堂が軽く一礼をしてコートを出る。越前は指先でキャップのつばをつまむと、チロっと隣へ視線を向けた。
「手を抜くのはナシっすよ、不二先輩」
「さあ、どうしようか」
 生意気な一年生(ルーキー)をはぐらかすように、不二はコートへ入っていく。
 記憶は自然と、二年前へとさかのぼり始めた。

↓右下「つづきはこちら」をクリックしてください↓



 

拍手[0回]


 
「おつかれさまでしたーっ!」
 声を揃え、テニスコートの一角へ集合した部員たちは、いっせいに礼をした。茜色の西日が、彼らの影を長くコートへ落とす。
 部活終了の挨拶を受けて、顧問の竜崎スミレ教諭と部長の大和祐大は、軽くうなずいた。
「はい。みなさん、おつかれさまでした。ではまた明日。解散!」
 ぱんぱん、と大和が手を叩く。それを合図に、部員たちは部室へと引き揚げ始める。
 一方、コートへ走って戻っていくのは一年生たちだ。彼らにはまだテニスコートの後片付けが残っている。
 特に打ち合わせがあるわけでもないが、それぞれがてきぱきと片付け始める。
 関東でも指折りの伝統校である青春学園の、中等部の男子テニス部といえば強豪として聞こえている。ゆえに毎年、大勢の入部希望者が集まるのだが、如何せん、テニス部の練習は厳しい。とても厳しい。なので、希望者の大半は、最初の一週間で辞めていくといわれる。
 だが今年は、入部からひと月あまり経った今も、まだ十名ほどの新入生が残っている。
「……今年の連中はなかなか根性があるじゃないか」
 楽しみだね、と滅多に褒めない顧問が、そう言ってにやりとしたものだ。
 その一年生たちが片付けを終え、シャワー室で汗を流して部室へ戻る頃には、陽はすでに落ちていた。名残の西日に夕闇が濃く迫る。
明かりが点きっぱなしの室内は、人気(ひとけ)がない。先輩部員たちはすでに帰宅したようだ。まアその方が、一年生たちには気兼ねがなくていいのだが。
「んじゃ、おつかれ~!」
 一番早く着替え終えるのは、菊丸英二。猫を思わせるつり目がちの大きな瞳が印象的な、明るい少年だ。手を振って、弾むように部室を出て行く。
「じゃまた明日」
「おつかれさまー」
 帰り支度を済ませた大石秀一郎、河村隆らも、学ランの細い肩へ大きなテニスバッグをかけながら、次々とドアを開けて出て行く。
「おつかれ」
 その背中へ、カッターシャツへ腕を通していた不二周助が声を投げる。
 パタン、とドアが閉められると、それまでずっと長机に向かって熱心にシャーペンを走らせていた眼鏡のコンビが、初めて気が付いたように、揃って顔を上げた。手塚国光と乾貞治だ。
 部室は、いつの間にやら、三人だけになっていた。
「乾はまたデータの記録かい?」
少し小首を傾(かし)げるようにして、不二が訊ねた。くせのない栗色の髪がカッターシャツの肩口へ落ちかかる。
 乾はそれがくせの、中指で軽くスクエアフレームの眼鏡の中心を押し上げると、短く、
「ああ」
 と、答えた。
「忘れないうちに今日の練習データを記録しておかないといけないからな」
 データは嘘をつかない、というのが乾の口癖だ。彼は部活の後に必ずその日の全部員たちの練習データを克明に記録していた。当初、そんな乾の姿に皆驚いたものだが、それもこのひと月ですっかり日常になった。
「俺のデータもあるのかい?」
 乾はチラリと眼鏡越しに視線を動かすと、不二を見返した。
「もちろんだ。とりこぼしはない」
 練習と云っても一年生は素振りか簡単なラリーくらいしかしていないのだが、乾は大まじめだ。
「ふうん、それは恐いね」
 本気でそう思っているのかいないのか、不二は柔らかく微笑(わら)って受け流す。
 と、乾がノートを閉じた。
「よし。終わった」
 言うが早いか、散らかった筆記具を一緒くたに集めてペンケースへ戻すと、足元のテニスバッグを取り上げ、ノートとともに放り込んだ。
「じゃあおつかれさん」
 立ち上がりざま、誰へともなしに声を投げると、テニスバッグを手にドアを押し開ける。後ろ手にドアが閉められると、薄墨色の夜気がやんわりとあたりにわだかまった。
 何時だろう。不二は壁に掛かっている時計へ目を遣った。そのとき、
「あれ?」
 手塚が小さく声を上げた。不二が振り返ると、彼は長机の上を見回していた。
「どうかした?」
「消しゴムがない」
「え?」
「俺の消しゴムが、ない」
 答えつつ、手塚は手を伸ばしてペンケースの中を確認する。が、見当たらなかったらしく、足元や机の周りをあちこち探しだす。
「もしかしたら……」
 ふと思いついて、不二が言った。
「さっき乾が持って帰ったのかも」
「乾君が?」
 聞き返した手塚に、不二はうなずいた。
「彼、ほとんど確認もしないで筆記具をしまってたみたいだから」
 不二はロッカーから自分のテニスバッグを半分くらい引き出すと、手を突っ込んでペンケースを取り出した。
「手塚」
 ぽん、と消しゴムを放り投げる。放物線を描いて飛んできたそれを、手塚は左手で、シャーペンを握ったまま器用にキャッチした。
「使いなよ」
 手塚は、少し戸惑ったように、手の中の消しゴムと不二とを見比べた。
「……ありがとう」
 律儀に礼を言う。その様子に、不二は思わず、くすりと微笑(わら)った。
「手塚はさっきから何を書いてるんだい?」
「クラスの日誌だ」
「今日、日直だったの?」
「うん」
 と、手塚は生真面目にうなずいた。大人びて見えるほどきれいな顔立ちをしているだけに、そんな表情(かお)をすると、さらに取っ付きにくい印象になる。
 実際、菊丸などは、未だに手塚と喋ると緊張するらしい。
 不二は手塚のそばへ行くと、紙面を覗き込んだ。今日の天気から欠席者、時間割と、几帳面に書き込まれている。
「ふうん。まだ半分くらい残ってるね」
 今日の出来事と云う項目が、書き出しのところで中断していた。
「……まとめるのが難しくて」
 消しゴムを使いながら、手塚が答える。日直日誌なんて適当に書き飛ばす級友も多いだろうに、彼は手を抜こうとは思ってもいないらしい。
 少し書いては手を止め、考えると、また書き始める。
 その横顔を眺めるともなしに眺めていた不二は、ふと違和感を覚えた。
(なんだろう……?)
 内心、首をひねったときだった。
「おや君たち、まだ残ってたんですか」
 はっと、二人はそちらへ顔を向けた。頭にタオルを引っ掛けた部長の大和が、ドアノブを掴んだまま、中を覗きこんでいる。
「もうすぐ下校時間ですよ。着替えが済んだのなら早く帰りなさい」
 歩きながら、タオルで髪の毛をガシガシ拭く。丸フレームの眼鏡が、揺さぶられて、みるみる鼻梁にずり下がった。
「これを書いたら帰ります」
 手塚が答える。
「なんです、それ?」
「日直日誌です」
「ああ、そう」
 大和は、丸眼鏡を押し上げた。
「じゃ、僕が着替えている間に書き終えちゃってください。施錠しますから。不二君も、いいですね」
「はい」
 大和は二人から視線を外しかけたが、おや、と目を留めた。
「……手塚君、君、左利きなんですか?」
 意外そうに、問うた。
「え? あ、はい」
 不二ははっとした。彼のシャーペンは、左手に握られている。
「ああそうでしたか。なるほど……」
 大和は合点がいったようにつぶやくと、ひとりで納得して、何度もうなずいた。一方不二も先ほどの違和感の原因がようやく分かった。
 手塚は、いつも右手にテニスラケットを握っているのだ。
(ふうん……)
 不二は、薄く微笑した。
 
 ――なんだ。君、左利きだったんだ。
 
 
 
 数日後。
 銀華中学との練習試合が決まったその翌日の昼休み。
 校舎棟とグラウンドの間を結ぶ一角の、ちょっと奥まったところに、給水機が置いてある。生徒たちの間では水飲み場で通じるその場所に、男子テニス部の一年生たちは集まった。
 集合をかけたのは大石である。学校を欠席している近藤と、委員会に出ている高橋と川本の三人の他は、顔をそろえた。
 話は、昨日の手塚の一件である。
「……これは俺の問題だから」
 手塚は話すつもりはなかったのだが、
「でも手塚君、部活はひとりでやるもんじゃないだろ?」
「大石君……」
 こう云うことはハッキリさせておいた方がいい、と大石は、珍しく、強い口調で押し切った。
 ひと通り、大石がいきさつを説明するのを皆黙って聞いていたが、やがて話が終わると、
「つまり……」
 と、乾が口を開いた。
「つまり、三年の小野坂先輩は、なめてかかった手塚にボロ負けした上に、そのとき手塚は利き手じゃない右手だったと知り面目丸つぶれで逆上、バカにすんなとラケットで殴りつけた、と、そういうことか」
 簡潔に、身もフタもなく話をまとめる。大石は、あいまいに同意した。
「ああ、うん。そんな感じかな……」
「――左利きだったんだな、手塚」
 河村が、学ランに包まれた手塚の左腕を見遣った。
「黙っていて悪かった」
「ううん。そんなことはないんだけどさ」
「でもさぁ」
 と、しゃがんで、両膝に両肘をついている菊丸が、頬を膨らませ、思い切りぶーたれた。
「それじゃあ手塚は全然悪くないじゃん! 小野坂センパイが一方的に……って、なんつったっけ、そーいうの」
「逆恨み」
 不二が答える。彼の視線が、一瞬手塚をなでた。
「そうそうそれそれ! その逆恨みってヤツ!」
 菊丸は身軽く立ち上がると、なのにさぁ、と納得のいかない顔つきで、続けた。
「殴ったセンパイだけじゃなくて、手塚も大石もおんなじようにグラウンドを走らされるなんてさー、なんか不公平じゃん」
 大石はそもそも退部するといった手塚を引きとめようとしただけである。一緒に罰を受ける必要などないはずなのだが。
 大石は困ったように菊丸を見返した。
「う……ん。まアそうなんだけど、でもあの時は俺も連帯責任だって言われたし。それに一緒に走らないと、手塚君がすぐ辞めてしまいそうだったから……」
「つきあったの!?」
 河村に、大石が苦笑で返す。菊丸が驚いたように、手塚を振り返った。
「手塚テニス部やめちゃうの!?」
「え?」
 目を上げると、四対の視線が自分を見つめていた。手塚は小さく、だがきっぱりと首を振った。
「やめない」
「……なんだ」
 菊丸は脱力したように、肩を落とした。
「もう、脅かすなよな」
「菊丸はてっきりライバルが減ると喜ぶかと思ったが」
 乾がほとんど棒読みの口調で混ぜっ返す。菊丸はムキになって否定した。
「んなこと思うわけないだろ! そりゃレギュラーは絶対取ってやるけどさ、でもそれはちゃんとテニスで勝ち取るの!」
「わかってる。冗談だ」
「いぬい~」
 からかわれたと知って、菊丸は恨めしげに睨みあげる。乾は知らん顔だ。
「でも手塚がやめないと聞いてほっとしたよ」
 河村が人のいい笑顔を浮かべて、口を挟んだ。
「せっかく俺たち、こうして一緒にテニス部に入ったんだしさ。みんなで最後までがんばってやっていけたらいいなって思ってたんだ」
「がんばるだけじゃ、ダメだ」
 不意に、生真面目な声が、断言した。
「手塚?」
「やるからには、俺たちは全国で勝つ」
 河村と菊丸は、ぽかんとした。微笑(わら)ったのは、不二だ。
「全国大会か……大きく出たな」
「しかし、悪くない」
 まんざらでもない口調で、乾が眼鏡を指で押し上げる。青学はもう何年の地区大会どまりで、全国大会の出場を逃している。関東圏屈指のテニス強豪校といわれるだけの実力を要していても、全国大会の壁は厚い。
 しかし、手塚は勝つ気でいる。それもひとりで、ではない。彼は“俺たち”と言ったのだ。
 彼らはお互いに顔を見合わせた。目が合って、自然と笑みが広がっていく。
「よ~し、やったろうじゃん!」
 菊丸が元気よく拳を突き上げた。おー! と、河村が呼応する。他の皆もそれに合わせるかと思いきや、
「――それじゃ、俺はデータの整理があるから」
 盛り上がる二人を尻目に、乾はさっさと踵を返した。
「乾ってばノリ悪るーい!!」
「え? なに? 話終わりなの?」
 河村が腕を上げたまま、見回す。大石は乾の背中を見送りながら、困ってる。
「――手塚」
 そばへ来た不二を手塚は見返した。不二はやにわに腕を伸ばすと、学ランの上から手塚の左肘をつかんだ。
「っ!?」
 とたんに激痛が走る。手塚は反射的に左腕を引いた。
「やっぱりか……」
「離せ」
 固い声で手塚が言う。不二は返事の代わりに力を込めた。手塚の声が、痛みに尖った。
「離せってば!」
「……保健室、いこうか」
「俺は別になんとも……」
「行くよね?」
 否といわせぬ強さで、不二は手塚に迫る。手塚はぐっと押し黙ると、やがて不承不承うなづいた。
「……う、ん」
 不二は手塚の手首を掴みなおすと、まるで弟の手を引くように、手塚を連れて歩き出す。
 半ば引っ張られていく手塚と不二を、大石たちが怪訝そうに見送った。

 がらんとした廊下を二人で歩く。
「――練習しちゃダメだって言われるのがいやで、医者に行かなかったの?」
 手塚の半歩先を歩く不二が、前を向いたまま問いかける。下駄箱で上履きに履き替え、校舎棟から渡り廊下を歩いて保健室のある特別棟へ入ると、生徒の姿はまったく見えなくなった。
 建物内は、昼休み中だとは思えないくらい静まり返っている。
「そんな大げさなことじゃない」
「大げさかそうじゃないかは、お医者さんが決めることだよ。……朝からずっと痛かったんだろ?」
 手塚は言葉に詰まった。不二はさっきから一度も振り返らない。話す口調は柔らかいのに、背中を見ていると、なんだか責められているような気がしてくる。だが、理由は全然思い当たらない。
「――不二君」
「なに?」
「……もしかして、怒ってる、のか?」
 ぴたり、と不二が立ち止まる。ぶつかりそうになって、手塚は身体をそらせた。不二は身体ごと振り返った。
「確かに怒ってるのかもね。……自分でもびっくりしてるけど」
 ごく近い距離で、不二の双眸が、ひたと手塚を捕らえた。
「辞めるつもりだったテニスを、僕はなぜ今も続けていると思う?」
「え?」
「その理由は、君がここにいるからだよ、手塚国光」
 と言うと、栗色の前髪越しに、不二の色素の薄い瞳が、いたずらっぽい笑みを含んだ。
「君、強いだろ?」
「俺が?」
「そう」
 不二は確信を込めてうなずく。手塚は微かにあごを引くと、押し黙った。
 不二は小学生の頃、テニスの天才少年として、それこそプロのコーチたち間でも有名な、飛びぬけてテニスの巧(うま)い子どもだった。ゆえに、練習だろうがジュニアの大会だろうが、不二の勝負はいつも一方的だった。
 だが簡単に勝てる勝負ほどつまらないものはない。小学校を卒業する頃には、不二はもうすっかりテニスに飽きていた。
「青学でテニスをするつもりはなかった。……ところが、君が、いた」
 入学式のあと、誰も居ないテニスコートで、制服姿の少年が、ジャージの上級生と打ち合っていた。手塚と大和だった。
 眺めるうち、不二はわくわくしている自分に気がついた。彼なら、僕の球を打ち返してくるかもしれない。不二はずっとそんな存在を求めていた。彼は、もしかしたら僕より――
……それは予感だった。
「僕は君と勝負したい」
「俺と勝負……」
「そう。真剣勝負」
 手塚はどう答えるべきか、ためらった。昨日の先輩の顔が、ふと脳裏をよぎる。
「僕じゃ相手にならないと思ってる?」
「そんなことはない。――多分、君は強いから」
 不二は目を瞠(みは)った。唇に微笑が点り、彼は笑い出した。
「不二君?」
「あははは! ……これはもう、何が何でも君と勝負しなきゃね」
 不二は笑いを収めると、顔の前で、人差し指を立てた。
「よし! じゃあこうしようか。君は僕の消しゴムと交換に勝負を受けて立つ」
「……消しゴム?」
 手塚はきょとんと聞き返した。いきなり何の話だ?
「この前貸した消しゴム、僕はまだ返してもらってない」
「え? あれ? 返してなかった?」
「うん」
 不二がうなずく。思いがけず、手塚は焦った。あの時返したとばかり思っていたのだが、
「――ホントに?」
「うん」
「ゴメン。すぐ返すよ」
「うん。だからさ――」
 言いさして、不二は、手塚を直視した。
「その消しゴムは、勝負する時に僕に返して」
 今、この瞬間の、約束の証として。
 手塚は視線を落とすと少しだけ考え、ややあって応えた。
「……わかった」
 不二の顔がパッと明るくなる。だがそれも一瞬で、不二はくすりと微笑(わら)うと、いつもの表情(かお)で言い加えた。
「なるべく早く返してもらえると嬉しいんだけど」
「……努力する」
 手塚はどこまでも生真面目だ。
「でもそれなら早く言ってくれればいいのに。消しゴムがなくて不便だっただろう?」
「別に。僕、消しゴムってほとんど使わないし……」
「ふうん」
「それよりさ――……」
 二人は今度は肩を並べて、保健室へと歩き出した。
 
 
               (おわり)
 
PR
Comment
name 
title 
color 
mail 
URL
comment 
pass    Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
コメントの修正にはpasswordが必要です。任意の英数字を入力して下さい。
Template by Crow's nest 忍者ブログ [PR]